rk_southsideの日記

絶叫Z世代

アウトドアブームで現れたスポ根


2022年は第二次アウトドアブーム全盛の時代と言えた。

そんなブームの中、アウトドア界隈では新参者を拒む人がいる。

 

90年代初頭に第一次アウトドアブームが起こり80年代のバブルの喧騒に疲れた人たちが自然に回帰する思考が一気に隆盛したことにより起こったのだといわれている。

実際には60年代頃からじわじわとマイカーの普及に伴ってきたともいわれているが、私の感覚ではわからない。

 

私は97年生まれで当時のアウトドアブームの空気感を肌では感じられなかったが、なんとか記憶のある2000年代を思い返せば街中には日産テラノやスズキエスクードランドクルーザーなどのRV車が闊歩していたのが思い出せる。

 

そこからデジタル娯楽の進化など競合する娯楽が多数登場したことにより第一次アウトドアブームは廃れたといわれている。

私も物心がつき最初に興じた娯楽は任天堂ゲームボーイと64だった。父が仕事をして帰宅した後でも外に出向かずとも時間を問わず家族で遊べるテレビゲームは、当時の父親世代には魅力的だったに違いない。

私はゲームボーイで【ぬしづり】という釣りのゲームにハマっていた。

 

その後、祖父母や父、近所のおじさん達に本物の魚の釣り方を教わり、5歳ごろからその魅力にのめりこんでいく。

当時は幼く大人たちの手ほどきがあったことは間違いないが、`釣り‘というアウトドアに挑戦する際なんの障壁も感じることなく気が付けば釣りを始めていた。そこに競技性やだれかとの比較という価値観は存在していなかった。

その頃に釣った魚は未就学児の小さな手のひらに収まるほど小さいイワシだ。

それでもただただ嬉しく楽しかったのを覚えている。

小中高と遊び場所と言えば8割が外だった。釣りや秘密基地やママチャリでのサイクリング、里川をひたすら遡上したり、道もない山の中を冒険したり。あるはずもない美しい鉱物を探しに行ったり。

装備といえば、Tシャツとポケットがたくさん付いた短パン。それに裸足にサンダルだ。それでも楽しめた。

 

その後2017年ごろから自分で稼いだお金で新しい釣りや、SUP、キャンプ、サイクリング、トレッキングなど始めていくが同じく障壁を感じたことはない。

なぜか、アウトドアを始めたいのにそこに障壁を感じ乗り越えられないと言う人があまりにも多いのだ。

 

しかしアウトドアとは誰もが生活しているところに、フラットに存在していて高低差もなく障壁もない。インドア、アウトドアというようにドア一枚開けばアウトドアの世界だ。アウトドア派ではない人がカフェでまったりとお茶をしている時間にアウトドアマンは海山川、はたまた空にいる。そこには物理的な高低差こそあるが、趣味を始める際の技術や経験に高低差はない。

 

一体なにがこの障壁を作り出しているのか。

アウトドアの障壁という巨大な壁をよじ登るクライミング技術が求められるのか。

玄関前に2mほど雪の積もる地域なのか。それならドアが開かないので仕方ない。

この障壁の正体はアウトドアはスポーツだと思い込んでいるスポ根連中だ。熾烈な競争社会を生き抜いてきたのだろう。

ここでいうスポーツとはアクティビティにより結果を出しその数字を元に優劣を競うものだ。

 

彼らはキャンプや釣りなどにおいても常に他者との比較をし批判する。

キャンプ界隈はここ3年の彼らのインスタ活動のおかげで急におしゃれになった。愛媛で有名な四国カルストのキャンプ場は今では私の地元の田舎の街中よりもきらめいている。バロック様式のチェアが置いてあっても調和するだろう。

別にそれ自体は悪いことではないのだが初心者の障壁となっていることは間違いない。みすぼらしい装備では恥ずかしいのだ。私もおしゃれな道具が好きだしそれなりのこだわりをもってギアの収集をしているしインスタで新しいギアをフレックスすることを楽しんだりもするが、あくまでキャンプの楽しさは自由であることだと思う。

皆んなが同じ方向を向いているおしゃれ競争では感じられないのではないだろうか。

キャンプで皆んなが同じ方向を見るのは日の出と日没のタイミングだけでいい。

 

 

自分1人で結果を追い求めるのはなんの問題もない健全なアウトドアマンだが、スポ根は他者を巻き込みたがる。しかし、スポーツとして興じる人のためにある大会などは企画もしないし参加もしない。

ライバルが増えることが嫌で、初心者にはマウンティング必須。上下関係をしっかりさせるのだ。野犬さながらのその生態はキャンプのやり過ぎて脳の前頭葉が野生化しているとしか思えない。

マナーや安全などに関して費用対効果度外視の価値観を押し付けてくることは日常茶飯事。

もちろん安全であることは重要なのだが、過ぎたるは猶及ばざるが如しだ。

アウトドアにおいて基本的に大は小を兼ねるということも無い。その人に必要な分だけあればいいのだ。むしろそれ以上は危険でさえある。

彼らはアウトドアショップ店員などにも普通にいる。ショップでは責任を逃れるためと売り上げのために必要以上に安全装備、マナー装備を勧めてくる。彼らやその消費者たちにとっては必要最低限の装備でアウトドアに興じている人間などは恰好の的だ。

加えて彼らの熱量は物凄い。あの勢いで来られると初心者は手も足も出ない。香箱座りの猫ちゃん同然だ。

アウトドアに障壁があるように感じるのは、初心者がインターネット等で情報を収集している段階でこういったスポ根連中の投稿やコメントにより予想していたコストを大きく上回り挫折するためだ。

 

私はアウトドアはスポーツでもアクティビティだけでも良いと考える。

初めからガチガチの装備で始める必要などない。キャンプがしたい人でコーヒーが好きがいたとしたら。まずはリュックサックにコーヒーのドリップバッグと家で使っているマグカップとお湯を沸かす道具だけ持って行って。好きな景色のところで飲んでみるだけで立派なアウトドアだ。それが楽しければそこで宿泊する装備など買い足せばいい。

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それならリュックサックの容量など街中で使う20L前後の物でも十分だし、初期投資はお湯を沸かす道具(ガスストーブ、ケトル)だけで中古で探せば3000円程でも揃う。

例えばスポ根連中がここに介入すると、優劣など存在しないはずのこのアクティビティにコーヒーの旨い入れ方という競技要素をぶち込んでくる。

 

アウトドアに興味がある人というのはわたくしの周りにもたくさんいて相談など受けることもよくある。自分の周囲でさえたくさんいるのに日本全国にはまだ障壁を感じてくすぶっている人というのはかなりの数になるのではと感じている。

老婆心ではあるが私はそういった人達の手助けになれる人間でありたい。

綺麗に言い過ぎではあるが、それなりにアウトドアに興じている人間としては誰かがアウトドアを楽しんでいるところを見るのは幸せなことだ。

 

いろいろ話が逸れたがアウトドアは要点さえ押さえれば誰でも楽しめる。

近所のスーパーに行ったり、コンビニに行って何かを買うにも誰もその行き方や買うものなどに口出ししない。アウトドアも本来それと同じで生活の中にあるもので誰もが楽しめるものなのだ。

幼少期の何も知らない私でさえ自分で楽しめたアウトドアという文化だ。どうか恐れずに、乗り越えるという意識ではなく踏み出していただきたい。